カナダ日記ログ3 自由旅編
The National Flag of Canada
カナダ日記ログ
-No.3-
Menu
TOP
教室紹介
Q&A
英会話サロン
生徒さんの声
お知らせ
Patio/BBS
問合せ
Goods
代表のBlog
Chips
今日の一言
カナダ日記1
カナダ日記2
カナダ日記3
カナダ日記4
The Knack
掲載記事
Links
 40歳から10数年、趣味で英語馬鹿をやってきましたが、いっそ人生の第二幕に英会話教室を開こうと思い立ち、当面の仕上げの意味で2003年1-2月、カナダで1ヶ月余り語学研修を受けました。これはその時インターネットの日記サイトに毎日書き綴ったものの再録です。
 若い時と違って50歳過ぎての異国の地での生活はけっこうきついものがありました。驚きや失敗、後悔など、笑われそうなことがいっぱいの日記ですが、恥を忍んで順次披露します。毎日追加していきますので、ご一緒に留学しているような気分で読んでいただけましたら幸いです。

※4ページに分かれています。各編の文字を押すとジャンプします。

出発編 出発準備からステイ先に到着するまで(1月13日まで)。
スクール編 学校やステイ先の生活など(1月15日から.) 
自由旅編 2月に入りました。このページです。
帰国後編 急遽帰国それはなぜか?カナダ日記終盤です。

ブラウザーの表示文字のサイズは中でご覧ください。他のサイズでは見にくい場合があります。


ヘレンの料理は実に多彩だ。味付けも旨い。こんなホームステイにあたった私は運が良い。でも毎日これだとさっぱりした純和食が恋しくなる。
2003/02/01 (土) 素晴らしい交通機関-スカイトレイン
 UBC(大学)からダウンタウンに戻って、スカイトレインに乗ってみた。
これはすごい乗り物である。バンクーバーの中心から郊外まで38キロを結ぶ一部地下・大部分高架の無人運転の列車である。
札幌の地下鉄を見なれた目には少々小さく感じる。幅は京都の地下鉄、長さはもっと短く、4両編成と少ないが、驚くのはその運行間隔の短さ。列車が行くと1分ほどで次が来て、1分かからず発車する。
1986年の万博を機に作られたそうだが、まことに素晴らしい。札幌の交通行政が巨大な赤字と聞くが、今から見ると1970年当時はこのようなコンパクトに作る技術がなかったのだろう。羨ましい限りだ。
■2003/02/01 (土) またまたヘレン登場
 一昨日ディナーの時、ヘレンにもワインを勧めると人の目があるからと遠慮する。6時過ぎといえばもう真っ暗。なのにこちらではカーテンを下ろさない。

カナダでは屋外での飲酒は禁じられている。もう40年も前からだという。
屋外・屋内問わず、こちらでは実に飲酒の機会が少ない。街を歩けばコーヒーを持ち歩く人が実に多く、そこら中にスターバックスや色々なコーヒー屋が軒を連ねる。スタバが向かい合ってる所も珍しくない。それほど皆コーヒー好きだが、酒には出会わない。だから来てから10日近くも酒の事をすっかり忘れていたほどだ。

それにカナダ、特にバンクーバーは非常に健康指向が強いそうで、アメリカのように肥満体の人はほとんど見ない。よくジョギングをしている人を見る。

ヘレンに「みんな酒を飲まないんだね」と聞くと、間髪を入れず「そうじゃない」。
「皆ひとに見られないように飲んでいるんだよ」とのこと。ヘレンの返事はNo!とOf course!が多い。ワインを飲むと一段とピッチが上がるが、この二日ほどは遠慮するので残念だ。

夕べヘレンに母親のことを聞くと、彼女の母親は94歳で昨年亡くなったが、その一年前まで近くの高層アパートに一人で住み、元気にしていたという。
ヘレンはよく寄っては一緒に食事したり、近くへドライブに連れて行ったりしたが、その1年前ごろから一人で風呂にはいる事が困難になり、兄弟姉妹でホームへ入れる事を検討したところ、一人の姉か妹(英語はこれを区別しない)が「自分が引き取りたい」といって、引き取った。その後「お母さんは誰とも会いたくないと言っている」といって一切会わせず、「遺産はこの子にすべて譲る」と遺言状を母親に書かせ、母はそのまま逝ってしまったのだそう。
「お金の事はどうでも良いけど母が可愛そうでね。」というヘレン。

彼女の連れ合いは血液のガンとかで9年前に亡くなった。7年間闘病したという。
彼女に聞いてみた。「突然連れ合いを亡くすのと、患った後に亡くすのとどっちがいいでしょうかね」と。言下に「そんなの決まってるさ、突然の方がいいに決まってる!」と。愚問だった。

彼女がよくいうのは「お金は普通に持っているのが一番幸せさ。たくさん持つとろくなことにならないよ。」

また父親がよくいったことは「女王様でも食事は日に三度だ。自分を低く見て(devaluate)はいけない」。


この洗面所は事実上私専用だった。
バスタブはこの反対側にある。
■2003/02/02 (日) 日本の風呂が恋しい
 一昨日ヘレンに言われた。
「気を悪くしないでね。(Please don't be upset)昨日風呂を見たらものすごい湿気で(steamy)びっくりしたの。窓は結露でびっしょり。だからすっかり拭き取ったの。どうしたらあんなふうになるの?」
「それは悪かった。ちょっとシャワーを熱くしすぎたからだと思う。これから気をつけるよ。日本人は熱いシャワーが好きなもので。」
「そのようね、以前ジャパニーズレディにも言ったんだけど、もし熱いバスタブに入りたかったら街にあるからそこへ行くようにって。」

これまでもお湯は熱くしていたが特にこの日は一日中強い雨だったのと、気温も低かったので、結露が進んだのだった。寒かったから多少長めに湯を浴びた事もある。バスタブに湯をはって浸かるなどということは最初から諦めていたし、けっこう気を遣って、入るたびに浴槽を拭いたりしていたのだが、とんだところでクレームがついてしまった。

毎日寒さに耐えているのに風呂くらいゆっくり浸かりたいものだ。
日本人って本当に恵まれてる。ついでにいえばシャワー便器。
あんな良い発明をした日本人はノーベル賞ものだ。もちろんこちらには暖房便座もシャワートイレもない。

本州はいざ知らず、北海道はどんなに外が寒くたって家の中は隅々まで暖かく、それで薄着をして、トイレも暖かく、お風呂だってぽかぽかなのだ。
少々前の話だが、冬季間、一人当たりのコーラの売り上げは北海道が一番だったそうな。理由は家の中が暖かいから。

北海道の話はともかく、こっちの人は身体の作りがちがう。なにせ気温4度の屋外で陽射しもないのに楽しそうにベンチで談笑しているのだ。8度くらいあればもう半そで短パンの人が出てくる。

当方ビタミンC錠剤のおかげでなんとか風邪だけはひかずに耐えてきた。
けなげな52歳である。
写真は怖くて撮れませんでした。 ■2003/02/02 (日) 昨日は恐かった
 中国の暦では今が新年だそうで、チャイナタウンがにぎやかだよとヘレンにいわれて初めてチャイナタウンに行ってみた。Pender通りをどんどん歩いていくと大きな鳥居が現れ、やがて数百メートルのチャイナタウン商店街が続く。中国人はこうして百年以上昔から世界各地で団結してタウンを作り、「中国人ここにあり」を誇示してきたのだ。実際「日本人か?」と聞かれるより「中国人か?」と聞かれる方が多い。それほど中国人の認知度は高い。
日本人はまだまだ露出度が低いということは明らかだ。

さて帰りは同じ道はつまらないから隣のHastings通りを下ろうとワンブロックずれてみた。「何だこの雰囲気は!」と感じたときはもう10メートルも歩を進めた後だった。落書きやら何やらで荒れ果てた建物をバックにたむろする人々、行き交う人々の姿がまさに異様なのだ。広い通りなのでまさかと思ったが歩道はいかにも一触即発な感じの浮浪者風体であふれていた。

平静を装いながらも鞄をぎっしり握り締めながらとりあえず次の交差点までたどり着いた。急いでチャイナタウンに戻った。たった一本道路が違っただけで、なんという世界の違いか。午後2時でよかった。

こちらは表通りと裏通りが交互にある。表は華やかな商店が並ぶが、裏通りはまったくバックヤードというか倉庫の入り口だけが並び、人気はない。中心街といえども、昼間といえどもこんな通りには足を踏み入れる気はしない。

用心深いというか臆病というか危うくに近づかない私だが、今日は予想を超えていた。帰ってヘレンに話すと「あの辺は麻薬の巣だよ。私は恐くはないけどね」という気丈なヘレンだ。


カピラノショッピングモールの外観。休日は大変な賑わいだった。
■2003/02/02 (日) サイキックフェアで手相を見てもらう
 ヘレンが新聞の切り抜きを見せて「フォーチュンテラーに興味はないか」と聞く。
若いころはあったが最近は卒業した旨答えたが、しきりと勧める。近くのショッピングモールでこの一週間手相やら何やらいろいろな占いがそろってPsychicFair をやっているのだ。この広告を見せると半額だから娘に持たせると張り切っている。話はテープに吹き込んで持たせてくれるのだという。

考えてみれば英語の勉強の一環になるかもしれない。またとないリスニング教材じゃあないか。20分ほど歩いて行ってみた。

52歳で退職して、これから道楽半分の仕事をしようとしているわが身。まあ何とかなるだろうとのんきに構えていたが、何か指針にでもなればいいかなと思い始めた。どんなことを言われるかだんだん興味が出てきていた。

カピラノショッピングモールは数年前にできた立派なモールだ。入っていくと向こうの広場ににそれらしき人たちが待機している。タロットカードやらいろいろな占いの種類があったが、なじみのある手相を選んだ。
英語では palm read(文字通り手のひらを読む)という。

太った優しい目をした60年配のおばちゃんが「利き手はどっちか?」から始まって15分間たっぷり話してくれた。易しく話してくれるのでわかりやすいが時々不明な点がある。でもどうせテープをくれるからと気楽に「うんうん」と聞いてきた。

けっこう見通しは明るいといわれた。なかなか良い素質を持っているともいわれた。まだまだいろいろなことを言われたが詳しくは帰ってじっくり聞き直すとしよう。


学校近くのカフェテリア。コーヒーは90セント。
60円程度。ここでよく読書した。
■2003/02/02 (日) 初めてペーパーバック読破
恥を忍んで正直に言うと、これまでペーパーバックを最後まで読んだことがなかった。
が、ついにやった。先に紹介した本だ。
下にそれを再録する。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
He sees you when you're sleeping by Mary and Carol Higgins Clark
これはベストセラー作家のヒギンズ親子(母と娘)が合作したもので、天国への入場を許されなかった男が天国前の裁判所(?)で使命を与えられて地上に降り、窮地の親子を救うというなかなか変わった設定ながらストーリーが牽引してくれます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

正直言って始めの三分の一まではしょっちゅう辞書を引いた。
その後、あとで辞書を引けばいいと思って鉛筆で印だけつけて意味は当たりをつけて読み進んだ。最後の三分の一は鉛筆もやめて一気にいった。これがSさんのおっしゃるペーパーバックの醍醐味なんだなとわかった気がした。

思い返せば小学校上級頃から、本に親しみはじめたが、辞書なんか引かないものだから適当に意味を想像して、中にはとんでもない誤解をしたまま覚えた言葉もあったけれど、とにかく乱読から言葉を覚えたものだ。あの頃ひょっとして一生懸命辞書引き引き読んだら読書なんか面白くなかったに違いない。

どんどん読み進むとそのうちわかってくる単語はあるし、しょっちゅう出てくる単語・表現(しかも従来会話教材では出てこなかった)がある事も分かる。しっかり辞書で確認した方がよさそうだという単語にも出会う。あまり重要ではなさそうなので、せいぜい肯定的意味合いか否定的かぐらいがわかればよい単語も多数ある。

この一冊から得たものは大きい。Sさんはこれをずーっと前から楽しんでいたとすれば、彼我の差は大きいことを思い知った。

ペーパーバックには会話もたくさん出てくる。これだって会話の勉強になる。考えてみたら映画を楽しむにはペーパーバックをどんどん読み進めるくらいの力がなければ難しいのじゃないだろうか。どうだろう。

元来日本語でさえ小説はあまり好きではなく、ノンフィクションしか読まなかった私だが、面白いものは面白い。
さあ、次の一冊は何にするかな。


ヘレンの家から海を望む
■2003/02/03 (月) 運命の不思議
 「どうだった?」私が帰るなりヘレンは手相の結果を聞く。「全体としてはgoodだと言われたよ」と答えたものの、夕食後テープを聴いてもらった。
そして要所要所で「通訳」をしてもらった。

とんでもない聞き違いをしているところがけっこうあった。テープがあって助かった。手相見のおばちゃんは何にも聞かないのに次々と私の過去の出来事を言い当てたし、家族のこと、現在人生の転換点にいることなども当てた。さらに今後の展望などについても「いい方向に行こうとしている」と嬉しいことを言ってくれていた。

ヘレンは我がことのように喜んでくれた。ヘレンはこういうのが好きなようだ。
実をいうと、一昨日はヘレンが自ら鑑定をしてくれて、私を驚かせたのである。
私が紅茶を飲み終わったカップの底を見てあれこれ言うのだが、実はその内容に実に思い当たるところが多いのだった。そのあと「実はサイキックフェアがあるから行ってみるといい」というふうに続いたのだが。

さて今朝、日曜の朝食をとっていると。ヘレンは今度は「星占いは(horoscope)どう?」と新聞のページを示す。せっかくだから読んでみるとこれも驚くではないか。
Some of you might have the urge to run off somewhere.... Follow the urge....(なかには思い切ってどこかへ行ってしまいたいという思いに駆られる人もいるでしょう。その思いに従うことです。きっと良い結果が出ます。)
まさにここバンクーバーに来たこと、そしてここでも満たされぬ気分から、さらにこれからディズニーランドへ向かおうとしている私のことではないか。
ヘレンは See? I told you!(ほらね、言った通りでしょう!)と意気軒昂。
二人で大笑いをした。


ヘレンのごちそう
■2003/02/04 (火) ここらで中間の確認を
 高校時代の友人から海を越えてメールをもらい、この日記がわかりにくいと評された。これまで近親者の理解に甘えてずいぶん自分勝手に書きっぱなしていたことを反省した。

今回の留学計画の全体像については説明が十分でなかったので読んだ方々はいまひとつ合点が行かないまま今日に至っているかもしれない。
なにせ計画自体がいい加減なものだから本人自体あまり計画概容を解説できなかった。

ここらで中間の締めをする必要を自分のためにも感じた。

当初の計画は次のようなものだった。
1)1−2月の2ヶ月間、バンクーバーで語学学校に通い、ホームステイをしよう。
2)でも万一を考えて学校への申し込みは1ヶ月とし、良かったら延長すればよい。
3)もし1ヶ月後、学校はもう不要と思えば、残り期間を暖かい米国西海岸あたりで過ごそう。

以上のようなおおざっぱな計画でスタートした。というのもどのこと一つとっても来てみなければ、やってみなければ、どんな具合になるか想像ができなかったので、思いっきり弾力を持たせたということである。
そして今、そのことがつくづく良かったと思っている。なにせ自分がこれほど日本の楽な生活を恋しく思うとは予想していなかったから。

ホームステイ(以下HS)先に関しては当初インターネット環境を希望したが、学校から推薦された他の家庭は通学に40分かかるという家だったので、ネットはなかったが今のヘレンのところでよしとした。
ヘレンの家は4組の客を泊められるB&B(民宿)というのが基本で、HS受け入れも併せてやっている。HSの料金は相場が固定していて月額700ドル(カナダドルだから5万円強)。B&Bならば一泊70ドル位だからHSは三分の一程度に割安なわけだ。聞くところではここバンクーバーではほとんどあらゆる家庭がHS受け入れをやっており、なかには小さな部屋に押し込めて無理矢理HSでございと称する例もあるとか。

そういう例もあるとすれば私の場合はB&B並みの部屋に泊まって料理上手なヘレンの手料理を楽しめ、恵まれているわけだ。


土日の朝食はヘレンが作ってくれる
■2003/02/04 (火) 確認事項の続きです
 ホームステイ(HS)では平日は朝食は自分で用意する。
内容はトースト、シリアル、ジュース、紅茶。ランチはヘレンが前夜から用意して冷蔵庫に入れておいてくれる。内容はサンドイッチ・パックのジュース・果物・ケーキなど。夜はヘレンが腕によりをかけ、4品くらいの料理とパンとデザートとなる。たった二人で山のような料理を前にしていつも二人で「食べ過ぎた」といっている。ヘレンは「一人ではあまり食べないのだけれどあなたと一緒だとつい食べ過ぎる」と言う。
時々夕食にゲストが加わることがある。孫夫婦だったり、娘家族だったり。
ヘレンの「お熱の」お相手ジェンツだったり。ゲストが来ると会話が楽しい。
本来のHSだったらいつもこういう感じかなと少々悔やまれる。

土日はゆっくり起きたのち、ヘレンがベーコンやハムを焼いて朝食を作って
くれる。そのまま家にいれば昼も作っていくれるのだろうがメールを見たい
のでいつも街へ出かけ、昼は外食。たまには「夕食も済ませてくるよ」と言って
一人で寿司やらラーメンやらを食べてみるわけ。寿司はけっこう
いけるが、ラーメン・うどんなどは以前書いたように、ぜんぜんだめ。
ひょっとするとまともなラーメンもどこかにあるかもしれないが。


信号の「歩行者」は大またで一生懸命歩く
■2003/02/05 (水) お国柄
 お国柄の違いはいたるところにある。ダウンタウンの真ん中に大手デパートのシアーズがあるが、そこで各階の扱い商品を知りたくて案内板を見ると、日本との違いがはっきりする。

日本ならば建物の断面図のような絵で各階の商品を表示するが、こちらでは商品分野がアルファベット順に並んでおり、「その商品は○階にある」という教え方をする。どちらが良いかは一概に言えないが、日本人には日本式が楽に感じる。

概して日本では全体が示され、利用者はその中から自分の位置付けを知り、目指すものを見つけるが、西洋では利用者は全体などお構いなく自分の知りたいものだけ直接見つける方法が好まれるという。
列車時刻表、道路マップ、観光ガイドブック・・・皆そうだ。デパートもその例外ではなかった。

日本では「利用者たるものまず全体を学び、しかるのち目的を達せよ」式に業者や役所の大系そのものを提供される。そして事業者も利用者もすっかりそれに慣らされている。インターネット上の時刻表なども西洋式であるためかえってわかりにくく感じる人は私だけではないだろう。

お国柄その2-信号機の間隔が短い
この国の信号はあっという間に変わる。日本(札幌)の感覚と比べると三分の一の時間で切り替わる。信号機には歩行者用の信号も併設され、どんな田舎でも徹底している。歩行者用信号は人が歩く絵と止まれと手でさえぎる絵との二つが表示される。その歩く絵を見るたび日本人の私は急ぎ足で渡らねばという思いに駆られる。というのもその絵の主は腕を大きく振り大またで歩いているからである。その絵が誇張でないくらいこちらの人の歩き方は速い。

お国柄その3-赤信号でも右折できる
知っている人も多いかもしれないが右側通行のこの国で右折車両は前方の信号が赤でも通過車両がなければ右折することが出来る。場所によっては赤の時の右折が禁止という場所もあるが。これなどは考えるべき方式かもしれない。

お国柄その4-ごみ問題は関心薄
日本人から見るとゴミの扱いは無造作である。分別などという意識はあまりない。コーヒーを買って飲んだがどうしても余ってしまい、発泡コップに残ったのをどうすべきか近くの人に聞いたらそのままごみかご(ビニール袋がセットされている)に入れろという。
万事がその調子。
巨大な国土に3000万人だから当分大丈夫か。


ヘレンの家の威風堂々とした玄関
■2003/02/05 (水) 間違い訂正
訂正その1
テレビで時報を流さないから正確な時間がまったくわからないと書いた。
確かにどの局でも時報は写さないし流さない。それどころか日本なら正時きっかりに番組は始まるものだが(どんなふざけた番組でも?)、こちらはそこらへんは頓着なし。5秒10秒の前後(前はないかも)は当たり前。
というかそのようなはっきりとした番組の境目がない。よって時刻がわからないのだが、教えてもらったところでは8チャンネルでは24時間秒単位の時刻表示がされているので必要な人はそこを見れば良かったのである。
考えてみれば常時表示のこれは案外便利である。

訂正その2
「バンクーバー中あちこちに留学生支援センターのようなものがあって無料でネットが使えるし、コーヒーまで飲める。これは語学学校が資金を出し合っているらしい」などと書いたが、実は間違い。
これらは皆斡旋業者だったのである。数限りなく学校があるここバンクーバーでは当然「どの学校が良いのか?安いのか?」という情報の求めも多い。そのためその相談にのり、選択を手伝い、斡旋するという商売が成り立つのである。
当然業者は学校から斡旋手数料を得るのであろう。インターネット使い放題やコーヒーの提供などは実はそのための「まき餌」だったのである。
大威張りでパソコンを長時間使っていた私はそれを知ってからというもの、急に居心地が悪くなり、目立たぬよう小さくなって使っている。


ブリティッシュコロンビア大学内、新渡戸記念公園の駐車場内をリスが走る
■2003/02/05 (水) ヘレンと論争
 このごろたまにヘレンと論争する。「今日ね、今日ばかりではないんだけど、日本人か何人かわからないけど夫婦が離れて歩いているのよ。亭主が先を行って奥さんが遅れてついて行くの。あれは日本人?なぜ遅れてついて行くの?」とヘレン。
以前のヘレンだったらはなから日本人と決め付けていたものだが、私が「一見日本人と見えても、日本人の自分でも、よくよく話している言葉を聞くまでわからないよ」とか「今の季節柄かもしれないけど日本人は少ないよ。ほとんどが韓国人か中国人だ」というものだから、気をつけるようにはなってきたのだ。

私の答え「たぶん日本人ではないと思う。韓国も日本も儒教という教えが昔あって、たとえ夫婦であっても夫人は少し遅れて歩くべしという考えはあった。でも日本は50年も前にそんな習慣は返上した。
ひょっとすると韓国の古い世代は多少残っているかもしれないね」。

ヘレンはそういった女性蔑視がまったく許せないといった風で、「カナダでは妻が半歩前を行きます。家に入る時は必ず妻が先に入ります。女性は大切にされています」と。さらに「女の子が産まれても祝福されない、男が産まれるまで夫人は祝福されないという国は日本か中国か?」と来る。
「日本では男だろうが女だろうが皆で祝福しますよ。今時韓国だって中国だってそんな習慣はないはずです」といったものの、「そういえば愛子様の天皇継承問題はまだくすぶったままだな」などと頭をかすめる。

こういうタッチーな問題を論ずるにはなおのこと会話力が必要とされる。
当然それ以前に知識と見識も必要だ。あだやおろそかで参戦すべきではないなと学んだ。

同じような経験が宗教の話におよんだ時。ヘレンはまあまあ真面目なカトリック信者だそう。私は「日本人は仏教信者とされるが実を言うとそれは表面上のこと。事実上信仰はない。でもだからといって無軌道な国民ではない。」そこでやめておけばよかったのについつい口が滑って「そもそも宗教が戦争の原因にはなっても民衆を救ったことはないと思う」とやったから火がついた。よほど語学に自信がない限りゆめゆめこのような論争をしかけるものではない。


ヘレンの玄関前の広々テラス
■2003/02/06 (木) 英語のヒント−かな?お題は
 さあ明日はディズニーランドだ。余裕を持って午前10時7分の便を選んだつもりなのに全然余裕じゃなくて、朝7時には出なくてはならないようだ。

夕べ、アラスカ航空に電話を入れ、リコンファームをした。自分でははっきりとFebruary sixth(2月6日)といったつもりなのにsixthをfifth(5日)と聞かれてしまい、「予約はありません」と言われて大いにあせった。こんな電話一つでも冷汗三斗の思いである。

なんでsixthとfifthが間違えられるのかといぶかったが、よくよく反省してみるとやはりsixthとfifthは紙一重の差だ。頭のs音をしっかり出さなくては聞き取りづらいのだろう。自分ではずいぶん練習して身についたつもりをしていた発音だったし、よく褒められた発音だったのだが、まだまだ気付かない不足があったのだ。

発音に関してもう一例。ヘレンが誰かから日本のおかきをもらったそうで、「これはとても美味い」というので、ダウンタウンの日本商店で買って帰った。その折、「湿気る」の言い方が分からず辞書で調べるなりget dampと言ったつもりだったが、身についていない言葉だったものだからdampのaの音が良くなかったらしい。そうするともう全然通じない。ヘレンが意地悪なわけでも察しが悪いわけでもなく、これが英語なのだ。dampとdumpでは全く違うのだ。たまたま日本語にはその区別が無いから我々はどちらも「あ」なのにと恨めしく思うけれど、これは克服するしかしようがない。これをお読みの若い人たちにはぜひ参考にしていただきたい。

特にあとになってから発音を矯正するのは大変なので、始めのうちにしっかり直してもらうことが大切なのだが、どうもその点は学校でも語学学校でもおざなりにみえてしようがない。教育界の怠慢である。

出発を控えて今朝はコインランドリーで一仕事してきた。もう4回目だからすっかりベテランだ。でも馴れた頃に最後になってしまう。That'sthe way it is.(まあなんでもそういうもんだ)これは家でよく聞くフレーズ。いい得て妙。

あれ?日本語会話が聞こえるではないか。コインランドリーの若い男性店員と客が日
本語で話している。なんといつも見ていた彼は日本人だったのである。
それなのにいままで下手な英語で会話してた。馬鹿みたい。

聞くと彼は米国の大学に通ったあと帰国したが、日本でのイエスがノーだったりあるいはその逆だったりする社会に適応することが出来なくなってしまい、また戻ったのだそう。「こっちの方が暮らしやすい」というから若さである。


ディズニーのボートで水びたしに
■2003/02/06 (木) 旅もそろそろ終盤に
 先日、旅立って以来初めて電話で妻の声を聞いた。毎日メールの交換をしていたので(家内は私の出発二日前に生まれてはじめてEメールを始めた)、特に話さねばならないことはなかったのだが、空港に着いたとき買った10ドルのカードがもったいないのでかけてみたのである。
買ったときはあせっていたのでその使い方のわからなさ加減に腹が立ったが、落ち着いてやってみると実に使い良かった。概してこちらの電話は便利だ。
さすが電話が発明された国だけのことはある。

妻の声を聞くとすっかり里心がついてしまい、一刻も早く帰りたくなってしまった。「こっちにいたってヘレンと会話する以外、ペーパーバックとテレビ視聴だけじゃあ何もならないじゃないか。それに・・・」と、すぐに理論武装は完成するのである。しようのないおじさんである。結局10日にディズニーランドから帰ったら次の日、成田に向かおうと決めた。

さんざん言い訳めきながら言ってきたことだが、単に渡航すれば英語の練習に事欠かないという期待は少なくとも私の場合、誤りだった。学校の実効性も述べたとおり決して高くない。私は22歳の時、英国で2ヶ月間の語学学校とホームステイを経験したが、その時の反省を踏まえて今度こそはとの意気込みで来たのだったが、事態は大きくは違わなかったようだ。
ただ、自身で体験してみて、英語教育というか、英語学習の難しさを今更ながら大変なものだと認識させられた。

これからの第二の人生で、なんらか英語学習の楽しさを伝えていきたい、特に社会人以降の人に気付かせてあげたいものだと思ってきたが、それを実践するにあたって得難い体験が出来たと思う。苦しんで学ぶのは得策ではない。
社会人となってからの勉強は楽しく、成果の上がるものでなくてはならない。
それについて今回の渡航体験はいろいろなヒントを与えてくれた。

併せて、外国に居ると寂しいものである。このおじさんは特別としても。
帰ったら札幌に居留する外国人たちに今までよりもっと親身に接してあげようと思う。

痛感させられたことがもう一つ。どうせ体験するなら若いうちがいい。
若いころどっぷり楽な日本人を謳歌して、この年になっての異郷への適応は厳しい。若いうちどんどん海外へ出てみることだ。ただし語学が身に付くという安易な期待は間違いだが。
カナダ日記ログ4へ
TOP 教室紹介 英会話サロン  お知らせ Patio ひと言 カナダ日記 TheKnack 掲載記事 Links 問合せ