カナダ日記ログ2 スクール編
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 40歳から10数年、趣味で英語馬鹿をやってきましたが、いっそ人生の第二幕に英会話教室を開こうと思い立ち、当面の仕上げの意味で2003年1-2月、カナダで1ヶ月余り語学研修を受けました。これはその時インターネットの日記サイトに毎日書き綴ったものの再録です。
 若い時と違って50歳過ぎての異国の地での生活はけっこうきついものがありました。驚きや失敗、後悔など、笑われそうなことがいっぱいの日記ですが、恥を忍んで順次披露します。毎日追加していきますので、ご一緒に留学しているような気分で読んでいただけましたら幸いです。

※4ページに分かれています。各編の文字を押すとジャンプします。

出発編 出発準備からステイ先に到着するまで(1月13日まで)。
スクール編 学校やステイ先の生活など(1月15日から.) このページです。
自由旅編 2月に入りました。
帰国後編 急遽帰国それはなぜか?カナダ日記終盤です。

ブラウザーの表示文字のサイズは中でご覧ください。他のサイズでは見にくい場合があります。


こんなインターネットカフェがバンクーバー中にたくさんある。どこでも日本語・韓国語・スペイン語・・・何語でも使えるので、世界中どこでもそうかと思ったら後日痛い目に会った。
■2003/01/15 (水) 学校が始まった、半端じゃないぞここは

学校が始まった。早めに現地入りしてのんびりしていた状況が一変した。ここへ来るまでに書くネタは山ほどあるのだけれど、それどころではなくなった。数日分飛ばして昨日からの状況のみ書くとする。

まず、日付だが、この日記の日付は日本時間だ。こちらは17時間遅れているから日付は1日前だと思ってもらいたい。
着いた翌日(金曜日)に学校へちょっと顔を出して判定試験を受けた。その結果、校長は「最高位のレベル8でやれるでしょう。」というからその気になって応じた所、昨日の月曜日、午前中いっぱいのクラスが歯ごたえがありすぎた。
教師の英語がやたら速くて不明瞭で聞き取りにくいのだ。
生徒は韓国人やメキシコ人、台湾人、そして少数の日本人からなる。皆母国語なまりが強いし英語表現も十分ではないけれど聞き取りはすごい(ように見えたが、実はそうではないことが後日わかった)。若いし、着いたばかりではないからかもしれないが・・・。52歳の私は断然最高齢だが、ここでは国籍も年齢も全然関係ない。

私の課題は聞き取りと読み取りだ。ぱっと渡された資料をすぐ理解してリスニング問題に反応しなければならず、ここしばらく地獄が続きそう。Toeic試験の対策勉強はあながち無駄ではないかも。

家も寒かったが、学校はもっと寒い。格好など構っていられないので、授業中もジャケットにマフラーそしてブルゾンのファスナーを首いっぱいまで上げても芯まで冷える。そんな中、半袖でいるカナダ人がいるんだから人種の違いを思い切り知らされる。これは当分悩まされそう。

授業は午後は3時半までのつもりだったが、何を張り切ったか5時までで申し込んであったのだ。ランチブレークの1時間以外は10分程度の休憩が3回あるだけ。二日たって感じるのは、日本の語学学校とここらの学校の真剣さの違いだ(そうでもないことはその後だんだんわかったが、馴れないこの頃はそう感じた)。正直日本ではその気楽さに「もうちょっと真剣にやれよな」と言いたい感じだったが、ここらは違う。先生も専門技能を有しており、おざなりではない。宿題も出るし、グループ課題も課され、「よければ週末も手伝うよ」といった調子だ。

おっと、これで時間切れだ。また次回まで。

(この頃は毎日・毎時間、あらゆるものが初体験で、時間に追われて、頭は混乱状態だったようです。やっと見つけたこの日記を書く時間が至福の時でした。)


こんなインターネットカフェがバンクーバー中にたくさんある。どこでも日本語・韓国語・スペイン語・・・何語でも使えるので、世界中どこでもそうかと思ったら後日痛い目に会った。

■2003/01/15 (水) ネットは便利だが

こうして地球の裏側にいてもインターネットのおかげで日記なんぞを読んでもらったり、メールをもらったりして孤独が癒される。5年前には考えられなかったことだ。
これがなかったら中年の留学生活はもっとわびしいものだったに違いない。

しかし便利なものにはすぐに慣れる。そして不足に目が行く。どうせならこの便利さをどこででも自宅のように使えないものかと思うから人間の欲望は際限ない。

昨日から授業が始ってからというもの、限られた時間に限られた台数のPC端末を奪い合って、ようやく番が回ってきてもネットが立ち上がらなかったり日本語が立ち上がらなかったりで涙を飲む事も。今日は留学生支援センターみたいなところを教えられてそこでさっきの日記をしたためたのだが、5時55分で終了といわれ、大急ぎでやめたという次第。その後ここネットカフェに移って有料で心置きなくやっているのだが。

たぶんもう5年したころには本当にユーザーフレンドリーで、手ぶらで旅行しても家と同じようにどこででもメールが使え、預金の引き出しもできる時代になっているのだろう。それをユビキタス社会というらしい。

それにしても、日本にいる時はわからなかったけど、海外のキャッシュレス事情は進んでいる。日本に来ている外国人が良く言ってたけど本当だ。日本のお偉さん達は何でも秘書任せで自分でそういうものを体験しないから日本の遅れが実感できないのではないか。

寒さに悩まされて4日目、今日は下着のシャツ、綿のシャツ、トレーナー、ジャケット、マフラー、ブルゾン、計6枚を重ね着して来たので、大丈夫だった。

(バンクバーは暖かいと聞いて行ったが、確かに屋外は寒くはないが屋内が寒い。暖房ぽかぽかの北海道から行った中年は居るあいだ中この寒さで心身ともに震えた。)


バンクーバー市は人口50万人。しかし隣接の地域を含めると実質的には約200万人の大都市だ。
香港の中国返還時にはものすごい数の中国人が不動産を買いあさり、今や誰も手の出ない水準にまで高騰してしまった。

■2003/01/17 (金) ようやく地に足が着いてきたような

なかなかATMがいう事を聞いてくれず家主のヘレンに800jを払えないでいたがようやく昨日三井VISAカードが働いてくれた。郵貯シティーバンクカードはまだうまくいかない。
(あとからわかったが、実は暗証番号を間違っていたことが主原因。しかし、同じ店舗内でもATMによってはどうも動いてくれない場合が実際にあった。)

例の留学生支援センターはPCがたっぷりあって、昼休みに心置きなく無料でメールができる。ここは天国。寒さのほうも対策が上手になったのか、体が慣れたのか、あるいは少し気温が上がったのか、あまりひどく無くなってきた。若い友達も徐々にできてきた。日本の女の子たちも親切にしてくれるけど、韓国の子達は明るくて私の顔を見ると「札幌から来たんだってね?」と声をかけてくる子もいる。札幌は人気の街だ。

ちょっと前までは朝から晩まで、見るもの聞くもの、やることなす事、???の連続だったけど、徐々に考えなくても「昨日と同じに」潜在意識がやってくれることが増えてきた。もっと時間が経つとやがてすっかり馴染んでしまうのかもしれないが、やっぱり52歳には日本が一番のようだ。

日記を見て多くの人から「大変ですね」と同情まじりの励ましを頂いて感謝しています。学校は厳しいというより、志が高い、あるいは目標水準が高くあまり妥協がないという感じだ。ただ私が適応しきれず、あまりに右往左往している様をありのままお伝えしたから同情していただいたのだが。まあ、まだ始まったばかりだし、わからなくて当たり前、わからないことを楽しもうか、みたいな余裕が今朝から出てきた。昨夜は初めて良く眠れたからかもしれない。これまではどういうわけか午前2時から4時まできまって眠れずにいた。

さあ、午後のクラスが始まる。
ではまた。


語学学校の集積地、バンクーバーでも1月はシーズンオフ。生徒は夏の三分の一。みんな若い。国籍はメキシコ・韓国・ブラジルなど。
■2003/01/18 (土) GOEFF先生のこと

初日の最初のクラスでいきなりこのおじさんを奈落の底に突き落としてくれたのがGOEFFだ。変わった綴りだが、これでジェフと呼ぶ。彼は発音がハッキリしない。
空気が抜けたようなふがふがした言い方で、しかも彼ら同士が話すのと全く同じ速さでまくし立てる。最初の日は20%も分からなかった。ただ所々聞こえる単語の断片と、周りの生徒のやることを見て真似るというまったく情けないありさまだった。
「よくこんな奴が教師をやってるよ」と内心で悪態をついたものだ。

 彼は言う。「ここはレベル8(最高)クラスだからHello everyone please open...
(わざとゆっくり言って見せて)みたいな喋り方はしない」と。しかし非常に熱心で、午前中いっぱい息もつかせぬくらい盛りだくさんの教材を常に用意する。
ふてくされたような生徒や休みがちで全くやる気のない生徒にもぜんぜん臆せず、自らのペースで進める。彼には「めげる」という神経は無いらしい。
 今週の教材はCULTに関するもの。つまり狂信的な宗教団体のことだ。おじさんとしてはあまり得意のねたではないのだが、教材だからしょうがないと思って付き合っているとどうも風向きがおかしい。グループに分けて、特定のカルト集団を取り上げ、模造紙にまとめをして、来週他のクラスの前で発表するというではないか。時間が無ければ週末も付き合うといっている。

 火曜の午前のクラスを終えた時点で校長のバーバラに「聞き取れないからクラスを変えてくれ」と直訴に行った。いとも簡単にレベル7に変えてくれた。ただ「今週はそのままで、来週からだ」という。

 次の日のクラスの前、ジェフは校長から聞いてはいるはずだと思ったが、筋を通すべきだろうと考えてジェフ本人に直接「このクラスをGive upして悪かった」というと、本人はまだ何も聞いていなかった。でも「OK、レベル7をやってみてまた戻ってくるといい」と実にさわやか。その後も校長のところに連れて行って校長と一生懸命こちらのために最善の策を相談している。速くて聞き取れないけど。

 実はジェフは教育熱心ないい奴だったのだ。例の「カルト研究発表」は免れないが、彼の良さが分かってからは気を取り直してやっている。考えてみるとNHK教材のようにキチンと日常話している人は街中にはいない。ジェフの主張は正しいのだ。ふがふが発音だってむしろ実際的なのだ。これでひとつ気分を直した。

(なんとか気を取り直そうとするけなげなおじさんぶりが我ながらいじらしい。この
ジェフ先生にはすべての生徒が悩みっぱなしだった。)


わが学校「VIC」の入るビル。このビルには他の語学学校も入っている。バンクーバーにはざっと数えても50校は下らない。
■2003/01/18 (土) 留学がすべてではない?

今は金曜日の午後4時すぎ。日本では土曜日の朝が始まったころと思うが、こちらは17時間遅れている。この日記の日付はあくまで日本時間だ。

このおじさんは結構いい加減で間抜けだから金曜も普段と一緒だと思って午後の1時間目をいつものように教室で待っていたら誰も来ないではないか。金曜は午前でおしまいだったのだ。正直言って小学生みたいに嬉しくなった。それで留学生センターに来て無料でXPの速いマシンをのんびり使っているところ。(学校のは98だし、えらくスローだ)

1週間学校にいて気づくことは、6ヶ月とか1年いる生徒でも流暢な人はほとんどいないことだ。聞き取りはそれなりに出来るようだが、あまり表現パターンを持ってはいないようなのだ。おじさんがその昔2ヵ月行ってきてもいくらもモノにならなかったように、留学すればなんとかなるというのは、2ヶ月が6ヶ月であっても1年でもひょっとするとあまり変わりはないのかもしれない。バンクーバー滞在4年という大学生がここの教師と会話しているところを聞いてこれが4年も住んでいる人かと驚いた。

 何年も英語を使って仕事をしてきた人がNHKの語学講座を聞いて「ああこれはこういう意味だったのか」と目からうろこを落とすという話はよく聞く。英語を英語のみで習うことをダイレクトメソッドというが、それの良い点もあれば非効率もあるようだ。

おじさんはNHK育ちのせいで、今、生の英語の聞き取りには苦戦しているが、話す事についてはそれほど困らない。自己流だけれど、徹底的に文型や有用表現の機械的練習を繰り返した結果、そして暗唱を続けた結果だと思う。こんな方法は日本の学校でも、留学先でもやっていないようだ。機械的訓練は今の時代、生徒にも歓迎されないのだろう。またそれは学校でやらなくとも個々人でできるからかも。語学は筋肉トレーニングに共通するところがある。本気でやるなら機械的反復訓練は絶対に効果的だ。

家主のヘレンは口を開けば「あなたは立派な英語を話す」というが、おじさんが始終聞き取れなくて立ち往生しているのをみて怪訝そうにする。これはNHK一本やりで来すぎたツケかもしれない。おじさんの場合は実はもう一つ、聴力の物理的障害という原因もある。すでに若いころから、高い周波数帯が難聴なのだ。英語は高い音が大切な言語なので、この難聴は致命的ハンディではある。


ヘレンは推定70歳。一時もじっとしていない働き者だ。
■2003/01/20 (月) ヘレンは早口

ステイ先の大家さん、ヘレンは早口だ。先日近所の初老の紳士が夕食に加わった時は一層饒舌になっておじさんは何度も立ち往生。つい最近わかってきたが、このヘレンと例のジェフ先生は別格の難物だ。

誰もが「べらんめい調」で喋っているのじゃなくて中にはネイティブ同士でもきちんと喋っている人がいることに気がつきだした。日本人同士の会話だってそういえばそうだ。

ヘレンの話は聞き難いがけっこう教材としてはためになる。いくつか例を挙げよう。

companyという言葉
この単語は常々面白いと思っていた。「会社」という意味はそのほんの一部だ。
Would you mind my company?と聞けば「ご一緒しても構いませんか」という意味になる。ヘレンはいつでもテレビをかけっぱなしにしているので、ある時「どの局をよく見てますか」と聞くと、No, it's just for company.とのたもうた。「ただ賑わいにかけてるのよ」といったところ。一人でいると寂しいから音を出しているだけというわけ。これこそcompanyという語の根本の意味なのだろう。

sitという言葉
家から通りが海まで伸びる。その先に白い豪華客船が毎日動かずじっと浮かんでいる。なぜあの船はいつも同じ位置にあるのかと尋ねた。You mean that sip sittingover there?「あのじっとしている船のことか?」ときた。そうだじっとしているのはsitなのだ。以前NHKの教材で、机の引き出しに使いもせず死蔵させている文房具をsitを使って言っていたっけ。sit=座るではない。

reportも面白い
おじさんの通う学校はなかなかいいと思う。熱心な先生がそろっている。その先生たちを束ねるのが校長のバーバラだ。聡明そうな50歳くらいの女性。そのバーバラが先日ヘレンに私の様子を聞く電話をかけてきたという。あらためてそのケアの徹底ぶりに感心した。多くの学生は半年・1年通う中、このおじさんはたった4週間なのに。ヘレンは日ごろから「タカオはマナーが良くて立派だし、立派な英語を話す」とおじさんを誉めるが、そのバーバラからの電話にも、I reported goodだという。「良くいっておきましたよ」とでも言ったところか。そうかreportとはヘレンが使うくらいの日常語なのだ。ただしヘレンの英語だからreport と good のつながりが今一つ怪しいのだが。reportにSVCという語法は辞書にない。後日、学校で先生に確かめたら、やはり文法的には間違いだった。nativeでも間違うのだからもっと安心してよさそうだ。


こんなカフェテリアにもアジア系・中東系・中南米系・アフリカ系・・・さまざま。顔は変わってもみんなカナダ人。だから容赦ない速い英語でまくし立てられる。
■2003/01/20 (月) バンクーバーは人種の標本箱

この街を歩くといったい何処に来ているのだろうと思う。白人、白人といってもアングロサクソンから北方系・ロシア系、韓国・日本・メキシコ・ブラジル・インド・・・。日本人と韓国人は全く区別がつかない。言葉もよく似ていることに気がついた。
彼らが喋ってるのをぼんやり聞いていても日本語か韓国語かわからない。よほど近くに寄ってみて意味が取れないので「ああ韓国語か」と気づくありさま。

この寒いのにホームレスや物乞いはいる。60歳前後の白人じいさんが裸足で空缶を手に持って金をくれと舗道に立っているし、毛布に包まって道端に座り、帽子を前に広
げて金を入れてくれるのを待っている者もいる。「何も食べてないんだ、1ドルでいいから恵んでくれないか」と人通りの少ない道で声をかけられたことも2度あった。
「No!」と断るとそれで済んでしまったから悪質な者はいないようだが。

カナダは昔から移民に寛大というか積極的でどんどん受け入れてきたので、世界中に敵はいないのだという。そうかもしれない。

日本もいつまで純潔主義を取り続けられるのだろう。国の未来を考えれば移民の受け入れを進めざるをえないだろう。そうなれば伝統的な社会や風物はどんどん変っていかざるをえないだろうが。いったん受け入れた移民は公平に扱わなければ今度は社会不安の原因になる。低賃金労働者という扱いは絶対にいけない。

日本人と韓国人は本当によく似ているが今の季節こちらに来ているのはほとんど韓国人のようだ。韓国の若者は概して陽気だ。ただ強い韓国なまりの英語は聞くのに難儀する。

明日月曜日はプレゼンテーションがあり、おじさんと二人の韓国の若者はオウム真理教の事例を取り上げることになった。この二人は全然やる気がない連中で先週も月・火・木と休んだ。一時はしようがないのでおじさん一人でやることにしたほどだ。でも金曜日に出てきて「大変申し訳ない」と謝って、「タカオは自分のパートをもうやり終えたのだから、ポスター作りは自分らがやるから心配しないで」と大変礼儀正しいではないか。やはり儒教の伝統なのか。彼らはオウムの事件を覚えていたが、アサハラはとっくに死刑になったものと思っていた。まだ裁判途中で留置所の中だというとビックリしていた。確かに韓国だったらとっくに八つ裂きにされていたことだろう。


このピザは一切れ99セント(70円位)です。信じられますか?(写真を写す前にちょっとかじってしまった)ペットボトルの紅茶(600ml)は100円くらい。
■2003/01/21 (火) お国ぶり-時報がない

こっちで不便なのが時報がない事。日本のテレビなら毎時ごとに時計が大写しになって秒単位で正時がわかるが、こっちにはそんなものはない。だから正確な時刻がまったく分からない.どの時計を見てもちょっとずつずれている。5分くらいの相違はざら。そもそも分単位の正確さなんて必要ないのかもしれない。日本が異常なのかと思えてくる。

タバコは7ドルというから500円以上します。喫煙者は少数派だし、屋内は禁煙だから禁煙20年のおじさんとしては大変快適です。ただし、歩道を歩いてふいに煙に襲われることがあるので、そういう時は思いきり不快です。どうして日本も一本1円の値上げなんてまだるっこしいことしていないで1箱500円くらいにできないのでしょうかね。

日本食レストランがたくさんありますが、ほとんど日本人従業員はいません。韓国人の経営が多いようです。故郷恋しさでラーメンを食べましたが、ラーメンといえるものではありませんでした。別な店でうどんも食べましたが、ラーメンもうどんもだしは一緒、具の構成も一緒でした。
きっとどこかのたれメーカーのものを使っているに違いない。決まってブロッコリーとにんじんのぶつ切りが入っていてその食べにくいことといったら。
BGMに奥村チヨの「恋の奴隷」なんかを聞かされながら日本語のわからない従業員の傍らでそういう変なラーメンを食べるのもバンクーバーならでは。


この写真の場合、カナダ人の先生を中心に、日本人3人、韓国人3人、ブラジル人1人、メキシコ人1人という国別構成。
■2003/01/21 (火) やれやれプレゼンが終わった

2週目が始まった。
ジェフのクラスでの最後に、カルトについてのプレゼンテーションをなんとか終えた。オウム真理教の誕生からサリン事件、その後の経過などについてパネルを用意し、他のクラスの学生も交えた前で説明をした。聴衆は韓国・ブラジル・メキシコ・そして2人ほどの日本人といったところ。みんなが良く知らない事をいいことに、適当な話も交えて発表し終えた。

考えていたのとやってみるのではずいぶん勝手が違う。やる前は気乗りしなかったが、いい経験になった。相棒の二人の韓国人のうち、一人は来なかった。本当に彼はやる気がない。

聞けば韓国では就職がなくてやむなく親が金を出してカナダなどに語学留学させているのだそうだが、韓国の親たちもこれでは大変だろう。

韓国なまりにもスペイン語なまりにも毎日苦労している。全然英語に聞こえない。彼らが資料を読んでいる時にその資料を見ていてもどこを読んでいるのか分からないことがある。それでもカナダ人の先生は聞き取っているからすごい。


左がヘレン、右が孫、仕事はエンジニア。中央が孫の嫁。ハンガリーから移民して5年。
■2003/01/22 (水) ホームステイらしい楽しい会話

昨夜はヘレンの孫夫婦が来て一緒に食事となった。30歳の孫がいるということは最低でも70歳以上、あるいは80歳近いかもしれないヘレンは実にエネルギッシュで感心する。

孫の嫁はハンガリーから95年に来た人。あと10日で出産を迎えるという身重だ。
彼らとの会話は実に楽しかった。やはり分別盛りの人の話は聞きやすい。十代の若者のしゃべりは聞きにくい、高齢者のしゃべりも同様。ちょうど良いのはその間ということになる。殊に嫁さんがハンガリー出身で英国で勉強したという国際人だから会話のネタにこと欠かない。こういう時間を持てると学校の授業よりよほど会話練習になるのだが。なかなか理想通りは運ばない。

ワンポイントレッスン:something to doも奥が深い

ヘレンと孫の嫁との会話でまた面白い発見をした。ヘレンがスーパーのちらしを見せて「チキンが安い」といっている。こういう安い時に買っておいてガラス瓶に塩づけにしておくと(ゆでるかなにかするのかもしれないがちょっと不明)いつでも使えて便利なのだと伝授している。嫁は「それだけのことで日保ちするのですか?」と感心する。
「(あなたにもそうしろとはいわないが)私は、そうしているのさ。(just something to do.)」とヘレン。
そこで孫夫婦が大いに笑う。何がうけたのか聞くと、「グランマはいつもそうして忙しくしているのさ」という答え。つまり働き者でじっとしていられないヘレンは常に何か仕事を見付けては忙しくしているという意味がこのsomething to doという短いフレーズにこもっていたというわけ。

とても面白いが、これじゃあいつまでたっても英語の全貌解明は無理だ。


朝7時過ぎに起きて、こんな朝食を自分で用意して一人で食べる。
■2003/01/22 (水) はじめて遅刻

今朝初めて遅刻した。7時に目覚ましが鳴って、気がついたもののついうとうとしてしまい、ヘレンにドアを叩かれた時には8時。もうじたばたしても間に合わない。数日前は牛乳だけ飲んで飛び出して間に合ったが、今日は無理。開き直ってしっかり朝食をとり出かけた。

相変わらず午前2時ころ目が醒めて寝られない。
しょうがないから本を読んだりMDの教材を聞いたりしていると4時頃に眠れる。どうも体温が上昇して、寝られない感じなのだ。ヘレンはピルを飲んだほうが良いと勧める。医者も認める危険のないものだからと。初めはそこまではと気乗りしなかったが、これほど治らないと服用したほうが身体のためによいと考え直して、土曜日から機会があったら買おうと思っていたのだが、なかなか店が開いてなかったりで買えずにいた。
今朝ようやくダウンタウンの大きな店で買えた。中国系の薬剤師さんが親切に売り場を案内してくれた。あまりに多数の種類があって選択に苦労したが、軽そうなのを選んだ。これが効いてくれることを願う。


部屋は約14畳相当。こんな大きなベッドがあてがわれた。
■2003/01/23 (木) 効き過ぎた睡眠薬

さあ睡眠薬の御利益やいかに。
ヘレンは「寝る1時間くらい前に飲まなきゃいけないよ。効くまで時間がががるんだから。」と親切なアドバイスしてくれる。でもこちとらは日本にいた時同様、寝つきはいいんだ。ただ決まって夜中の2時前後に目が覚めてしまい、どんなにあがいても身体がほてってだめ。で4時頃にはまた眠りに落ちるってわけ。

10時過ぎにもう眠くなってきたので、効能書きのとおり2錠飲んで入眠。夜中に何度かうっすら目が覚めたがすぐまた入眠。7時の目覚ましですっきり目覚めた。52歳にして初めて飲む薬だからさすがによく効くわい。

自分でトーストとシリアルとオレンジジュースを用意してゆっくり朝食をとり、雨の中を出発した。傘が必要なほどの雨はバンクーバーに来て初めてだ。こんな雨でも傘を差さない若者やおばさんがいる。人それぞれの国だ。

目覚めはすっきりだったのに午前中何だか眠い。昼過ぎもちょっと眠い。これは効きすぎたのだろう。ニューギニア奥地の人に薬を飲ませたようなものかも。今夜は1錠にしておこう。


この丸テーブルが勉強机。いつも寒くて震えていた。
■2003/01/24 (金) もう木曜日!今週は早い

もう木曜日!金曜は半ドンだからもう週末って感じ。今週はえらく早く感じる。睡眠薬を1錠にした。夜中けっこう目が覚め、「こりゃあ危ないかな」と感じながらも根性でガンバッテまた眠りについたり、睡眠が浅いらしくけっこうリアルな夢を見ていたりした。でも午前中も眠くはないので、これが適量なのだろう。

夕べはつい日記の執筆?に夢中になって帰りのフェリーが1便(15分)遅れた。ヘレンはおかんむりだった。ちょうど張り切って巻き寿司とラーメンもどきを作ってくれていたので、面白くなかったのだろう。でもその厚意に感謝するところっともとの笑顔に戻るから楽だ。

今日の気温は9度まであがるという予報。あがるといっても朝晩それほど差がない。
もうマフラーも外してても大丈夫だ。このまま春に向かうのであればいいが。カナダは広いからバンクーバーの辺り以外は空前の寒さだと報じられている。モントリオールでは氷点下40度とのこと。

昼休みはあっという間だ。さてこれから作文の授業。月曜日は作文のネイサン先生にえらくおだてられてけっこう気をよくした。それは次回に書くとする。


毎日乗ったフェリー、Sea Bus。実に正確に運行され、快適だった。
■2003/01/25 (土) 英作文でちょっといい気分

英語ばかりではなく、西欧では文章をつづる際、パラグラフ(段落)という小さな文章ごとに分けて、全体を構成するということが徹底して教育されているが、わが国では「思ったまま自由に書くのがいい作文」の伝統があるので、そういった訓練がはなはだおろそかな結果、日本の研究者が書いた論文はどんなに内容が優秀でもその構成の稚拙さゆえに評価されないという話をよく聞く。

午後一番のライティングのクラスはそういうことを主に勉強する。Nathan(ネイサン)先生はカナダの先生にしては珍しくあまり表情を表さず、口数も少ないので、生徒にはあまり人気が無いが、僕は好きだ。話が聞き取りやすいというのも一つの理由だが。

毎日テーマを与えられ、その場で作文を書かされ、回収し、添削して翌日返してくれる。そのほか週末には何題かのテーマで宿題が出される。先週のテーマはThe worst day of my life(私の人生最悪の日)と、What is the definition of a 'perfectparent'(完璧な親の定義は何か)というものだった。前者には僕の個人的な痛恨の出来事を書いた。後者には「教育の荒廃が進む今日においてきちんと子育てができた親はすなわち完璧の名に値する。」というような趣旨の思い込みをつづってみた。

添削にはいくつかのミスの指摘もあったが、同時にGreat work Takao! I really enjoyed the story and I'm convinced that you have a great sense of humour.とかSuperb concluding sentence!という最大級のお褒めが並んだ。文章を書いていると、ついつい文が走ってしまい、「おいおいお前さん何もんだ?」と、自分でも気恥ずかしくなることがある。日本語の場合も英語の場合も同様で、気恥ずかしさも半分あるが、けっこう楽しんで、けっこう格好よくまとめたなと思ったから正直嬉しかった。

帰ってヘレンに見せたところ、「本当にあなたがこれを書いたのか?」と目を丸くしてくれた。同じようなことは30年前にもあったことを思い出す。英国で2ヶ月ホームステイした折、何かの折、家の夫人に置き手紙を書いて出かけたのだが、帰宅後そこの夫人が「あなたはこういう英語が書けるのね、大したものだ」とやはり目を丸くした。あの時はほんのメモ程度であれほど驚かれた。いかに会話能力が無かったかの証明である。しかしこの手の話は多くの人から聞く。


おじさん一人じゃさびしいでしょうと日本の女の子達が日曜日誘ってくれた。

■2003/01/25 (土) 見え始めた学校の限界

学校での2週間が過ぎた。学校への申し込みは4週間だからもう半分が終わったことになる。いろいろ考えるところは多い。学校の限界ということも考える。
自分のことを棚に上げるが、何ヶ月かこちらで勉強した生徒を見て、この程度にしかならないものかと思うのは前にも書いた。

二つのポイントがあるように思う。ひとつには、語学はそう簡単に上達しないという事実。もうひとつには「教わろう」という姿勢で学校に来ても、身につくものは少ないという事実である。

ある日本人学生は「もっと良いところがないかとこの学校を見学に来た」といって無料の見学コースを受講した。彼女は非常に快活で良い性格だが、英語は全く基礎ができていない。中学校の教科書をさっと復習しただけでも、その積極性とあいまって向上が期待できると思うが彼女にはそのことがたぶん理解できないであろう。あまりに自信がないのもまずいが、あまりに度胸がありすぎるのも語学を学ぶ上ではいいことばかりではないようだ。

ただこれは極端な例であって、多くの日本人学生は基礎は終えて来ている。
その点他の国の学生よりよいと思うが、「学校が教えてくれる」という姿勢は否めないようだ。

こんなことを思うのは私が札幌英会話協会(略称ACCESS)という老舗のESSサークルに所属しているからかもしれない。ここでは先生はいない。
日ごろ一人で勉強をしている人達が金曜日の夜、切磋琢磨の機会を求めて集う。
50人以上の人達が札幌市民会館の大きな会議室で8つほどのグループに分かれてそれぞれのやり方で勉強している。そこで誰かに習うのではなく、各自の進度を確認しあうというほうが近いだろう。ここのメンバーはよく伸びる。教えてももらわず、お金も使わずに次々英検1級などに合格していく。

学校で1日9時から5時まで費やしても自分一人が占有する時間はほんのわずかである。先生の話はためになるが、他の生徒の間違いだらけの英語を聞くのは拷問だし、自分の話す時間は微々たるもの。これでは何ヶ月やっても成果が上がらないのも道理である。

語学の習得には人の助けを必要とする部分と、個人的努力に負う部分とがある。
初級の段階は手を取って教えてもらわなければ踏み出せない。発音は矯正してもらう事が大切だ。しかし、基本文型を覚え、何回も繰り返し言って身体に覚えさす、
語彙を増やすといったことは個人でやったほうがはるかに効率的だし、その気持ちがなければなかなか向上しない。ただ会話の練習だけは相手がいなくてはできない。


部屋にはケーブルテレビが来ていて、何十チャンネルもあるが、ニュース以外、これといって面白いものはなし。
■2003/01/25 (土) 日本は顔が見えない

貴乃花が引退だとメールで知らせてもらった。そう言えばこっちにいると、ネットで見ない限り日本のことなどまったくわからない。テレビにも新聞にもほとんどニュースが出ないのだ。
地元のテレビはローカルニュースが多いし、どうしてもCNNを見る。うるさいほどイラクと北朝鮮ばかりで、日本など影もない。
たまたま地元の新聞に日本の記事を見つけると、芸者の紹介であった。

愛国主義者でなくともこれで良いのだろうかと思う。ここバンクーバーにいるとおびただしい数の「日本人」が行き交う。実はそれはほとんど韓国の若者なのだが、ヘレンをはじめ多くの人の目には日本人と写っている。前にも書いたように日本人の私でさえ、見分けがつかない。ちょっと遠いと、話し声も日本語と韓国語はよく似ている。日本人観光客は春から増え出すのだろう。
それほど多くの日本人が海外へ繰り出し、日本車をはじめ日本製品が人気を博しているのに、個人の顔が全く出て来ない。こちらヘ来てから、小泉首相の顔など一度も見ない。

日本のマンガがジワジワと世界で人気だそうだ。任天堂をはじめゲーム機はすでに世界を席巻しているが、これも日本人の顔が売れることにはつながらない。「相変らず日本という国は摩訶不思議な国だ」と世界の人達は思っていることだろう。


ヘレンはよく「巻き寿司もどき」を作ってくれる。
まあまあ食べられる。私がいる間に電気炊飯器も買った。
■2003/01/25 (土) 師と仰ぐTさんからお便り

Tさんからメールを頂戴した。本日記を楽しく読んでいるということであった。
Tさんは北海道の有力地方新聞社に永らく勤めた人で、定年後英語を学ばれ、海外へ頻繁に出掛けるという、私が密かに私淑する方である。

Tさんを知ったのはそう古いことではなく、前号に書いた札幌英会話協会がきっかけである。今回カナダに来るにあたってTさんが以前ロンドンへ語学留学した経験を聞かせていただいた。さすが記者としてならした方なので、その一部始終を立派な冊子にまとめておられ、しばらく貸していただいた。

読み出すと面白くて止まらない。特に面白かったのがロンドンで空港に着いての状況。電話のかけ方から何から初めてのことでおろおろする様子を余す所なく活写している文章に、ご本人には申し訳ないが可笑しいは、はらはらするはで本当に面白かった。
この時に私は学ばせてもらった。
旅行記のポイントは第一歩のおたおたぶりを隠さず伝えることだと。

そのもくろみはこの日記でも成功したようである。あまりの効果で同情まで頂戴したが、実はそういう学習成果もあったのだ。

そのTさんはその後すっかり旅行のベテランとなり、今回も18日にエジプトトルコ旅行から帰り、帰ったらスリランカの友人から子供の結婚式に招待されたからとすぐ出発するのだそうだ。脱帽。


ブリティッシュコロンビア大学の広い構内には、日本から贈られた、新渡戸稲造記念庭園があった。北米随一といわれる立派な日本庭園である。
残念ながら1月だから、ものみな枯れていた。いつか夏に来たいものだ。
■2003/01/25 (土) 聞き取り改善せず

前々号で自分のことを棚に上げて語学の学習効果についていろいろ並べたが、私の場合、相変わらず聞き取りでは苦労だ。午後の2時間目のリスニングクラスでは相変らず散々である。このクラスでの苦戦の原因は二つある。一つはめちゃめちゃ早くて聞き取れないこと。
もう一つは書くのが遅くて置いて行かれるということ。長年ワープロばかり使っていたせいもあるし、もともと手がのろいこともある。

私は何回もいうが、NHK的な遅く、ていねいで、クリアな英語がいわばコンピューターのクロック周波数のように脳内に「基本周波数」としてセットされてしまったために本場もんの速くて、崩れて、ノイズが混じった英語について行けないのだと診断した。これを矯正するには次の方法が一番だと考える。一つはしばらく遅い英語を一切聞かないようにすること。そして速い英語を聞こえるまで何回でも聴く。一節ずつ抜き出して音と意味の組み合わせに納得がいったら次に進むという過程をしばらくやる。これは帰国後自宅の機材を使ってということになる。
なんだ留学しなくともできる練習じゃないか。

こちらの教材は面白い。日本ならば教材はそれらしい場面やストーリーを想定し、文章を書き起こして俳優が吹き込みをしてでき上がるが、こちらでは実際の事件などをそのまま実名で扱い、テレビ音声なども流用するし、実際の関係者にインタビューをする。
その録音もスタジオなどではなく、背景に犬はほえる、車は爆音を上げるといった代物である。それがれっきとした売られている教材なのだ。
以前触れたカルト問題だって、現在もカナダを騒がす「現役の」カルト集団をそのまま扱って、いろいろな関係者に安物のテ―プレコーダーでインタビューしてテキストに載っている。

この方法の良い点は、第一に製作コストが安い。さらにナマだから説得力があり、興味を喚起するということ。日本はNHKならずとも実名を使っての制作は避ける社会だ。


国際都市だから語学学校、斡旋業者、インターネットカフェがそこら中にある。
■2003/01/26 (日) 当地インターネット事情

私がこの日記などを書く(打つ)場所は、学校、留学生支援センター、ネットカフェなどいろいろだ。学校ではWindows98のため遅く、5台の機械に各国の留学生が群がるので、落着かない。ただし無料だ。支援センターはXPで速く、台数も10数台あるのでゆっくり使えるし無料でしかもコーヒーが飲み放題。しかし土日はカフェに来るしかない。
カフェもいろいろな店があって、料金体系もさまざまだが料金はわずかなものだ。
数時間居座ったときでも16ドルが最高だった。1300円くらい。いつもはそんなに居ないからごく安い。
そういえばトラベルエージェントに行くと無料で使えると誰かが言ってたっけ。
今度試そう。

ジプシーのようにあちこちさまよっていると、キーボードの種類がよくこんなにあるなと思うほどさまざまだ。困るのはENTERキーが小さいやつ。それにBACKSPACEキーの位置がちょっと違ったりするやつ。感心なのはどこでも日本語が使えること。もちろんハングルも中近東の言葉も使える。何でも来いだ。
ただし、日本語変換のフロントエンドがそこここでちょっとずつ違うので、文節の分かれ目を変えるのにいちいちもどかしい。

ここバンクーバーは語学留学生受け入れが一つの産業になっているので、先の留学生センターのようなところが数えられないくらいある。一体誰が費用を負担しているのか不思議なのだが、語学学校が分担しているとも聞く。誰も不思議にも思わず使っているといった感じだ。

日本ではどうなんだろう。東京などにはずいぶん大勢の留学生が来ていると聞くが、そういった支援は十分なのだろうか。札幌なんかもそのような語学留学生を受け入れればけっこうな産業になるのではないだろうか。


毎夜にぎわう寿司レストラン、「本陣」
■2003/01/27 (月) こんな田舎で本格的な寿司が
 昨日、土曜の夕刻、ダウンタウンからノース(北バンクーバー)へ帰ろうとシーバス(フェリー)の待合室で本を読もうとしたとき、ヘレンが前を通るではないか。一瞬「まずい!」と思ったが、こそこそ隠れるわけにもいかず、声をかけた。「今日は夕食を済ませて帰るから用意はいらない」といって出たからなのだ。
実は居候もこれで結構気を使う。いくらホームステイとはいえ土曜日くらいはゆっくりさせてあげた方がいいのではないかなどと思ったり、自分もたまに気晴らしができるし、など考えて土日はなるべく外出している。
「ぜひウィスラーには行くべきだとかグランビルアイランドも必見だ」などという発言を聞くにつけ、土日べったり家にいるものではないのかな?などと気を回したりしていた。日本人だなあ。

ノースはバンクーバーからシーバスで15分。湾の対岸だが、ぐっとひなびた風情を漂わせる。そんな田舎に「本陣」という漢字の看板を掲げる日本レストランが前から私の目をひいていた。
先週ちょっと入ってみた。
「イラッシャイマセー」と青い目の板さんが迎える。寿司は本格的なものだった。こちらに来てから酒というものを一滴も飲んでいなかったことに気がつき、サッポロビールを飲んだ。並みの寿司セットとビール1本で12ドル少々。千円程度。

それに味をしめて昨夜もそこに行こうとしていたので、ヘレンを見たとき、反射的に「まずい!」と思ったわけだ。しかたがないので、「実は寿司レストランに行ってみようと思っているので、よかったら一緒にどうか。たまにおごるよ。」と誘ったら「それはいいわね」と返事。やれやれこれはこれでよし。フェリー船上でいろいろ世間話をして、そろそろ対岸に着こうかと思うころ、「もし悪くなかったら寿司はこの次にしてもよいかしら」と言い出すではないか。

「もちろん構わないよ。」とはいったもの、その真意は図りかねている。
生の魚は好きではないし、キャビア(イクラのこと)も無理だと以前から言っていたヘレンだが、その外にもいろいろな料理があるのは知っているはず。案外カナダ人にも遠慮というものがあるのかもしれない。

聞くと「本陣」の店主は4年間高松にいたという。なかなか本格的な寿司屋を営んでいる。驚いたことには客はほとんど白人。みな器用に箸を使い、生のねたもイクラも嫌わず口に運んでいる。さらに驚くのは熱燗を飲んでるのだ。


ヘレンの娘とそのご亭主、8歳の孫。彼女はイクラが大の好物で、
親は怖くて寿司屋に連れて行けないとこぼす。
■2003/01/28 (火) 耳に変化が?!これはひょっとすると!?
 2日前、「聞き取り改善せず」と報告した。録音機で聞こえない個所を執拗に繰り返す必要も書いた。昨日、親切な仲間が街を案内してくれたおり、ロンドンドラッグという「なんでも安売りチェーンストアー」を教えてもらったが、安いテレコがあったので、使い捨てても惜しくないと思い、49ドルのソニーを買った。税共で55ドル、4500円位。電池もテープもちゃんと入っている。ここでのあと1ヶ月余りを無にするわけにはいかない。

帰宅すると早速8チャンネル(ローカル局)を聴きながら、録音し、何度も聞く。
たまたまなのか、地元のニュースだからか、理解し易い。そのあともなぜか聞き易いニュースが続く。「こういう内容ならテレコが要らないってわけか」と思い、CNNに変える。何か今までと違う。聴いていて何かが残る。「何か」・・・つまり漠然とした意味内容が残る。ことによるとこれは聞き取りが劇的に好転する兆しかもしれない。そうだったらいいが。

私の聴き取りには発展段階があった。一番初めは音を全く捉えられない。
音が流れて過ぎていく。めげずに聴いて行くうちに少しずつ遅く聞こえてくるようになり、音のつぶ立ちを感じられるようになる。しかしまだ意味が取れない。決まったフレーズなら捉えられるが、ちょっと長い文だともうお手上げ。ゆっくりの英語なら自分の頭の回転数で同調させられるが、速い英語になると同調の限界を超える。これが私のこれまでの問題だった。この同調速度が遅いままで、一向に上がらなかったわけだ。これは遅くて優しい英語をいつまでも聴き過ぎた一種の後遺症かもしれない。セットされた周波数を変えることは容易でないようだ。

でも昨日の「あの感覚」は変化の兆しだと考えたい。テレコを買ったとたんにテレコが要らなくなりだしたら「もったいない」よりありがたいことだ。

実は例の睡眠薬、金曜の晩飲むのをやめてみたところ問題なし。翌日も大丈夫。
睡眠薬も買ってまもなく不要になった。テレコもそうであって欲しい。


Sea Busが到着して、乗客が降りるところ。
■2003/01/29 (水) 日本の閉鎖性はマズイと思う
 大勢の方にお読みいただいていることに感謝しています。毎日カウントが50くらいも上がっているようなのですが、私の交友範囲ではその半分くらいなので、ひょっとすると私の知らない方にも「ご愛読」頂いているのかもしれません。アメリカからご覧の方からもメールを頂戴しました。
先日などはたまたま日記を書きつけられなかった日にぐんとカウントが上がっていて恐縮しました。そういう時もあるのでお付き合いを。

さて、昨日の耳の変化のその後だが、残念ながら2日目にさらに大きな変化が・・・
とは感じられない(感じようと努めたが)。諦めずにまたテレコを使ってやってみよう。語学でもなんでも行きつ戻りつということはつきものだ。

聞き取り能力は内容とも大いに関連する。興味深いもの、自分が知識を備えた分野は当然聞きやすいものだ。その点、私の場合、こっちにいるとあまり興味津々のテレビ番組に出会わないのが残念な点。ましてクラスで聞く教材は個人的にはまったく聞きたくないものが多い。カルト問題などはその代表。
そういう聞き取り訓練はまったく苦痛だ。

速読の練習を兼ねてここのところペーパーバックなんかも読んでるが、まだストーリーにつられて単語も気にせず読み進むという「いい癖」がつかずにいる。元来が小説のたぐいにあまり熱中するタイプではなく、ノンフィクションを好むので、ストーリーが強力に先導してはくれない。

それでも今読んでいる本はお勧めだ。上級者でなくとも楽しめる。
"He sees you when you're sleeping" by Mary and Carol Higgins Clark これはベストセラー作家のヒギンズ親子(母と娘)が合作したもので、天国への入場を許されなかった男が天国前の裁判所(?)で使命を与えられて地上に降り、窮地の親子を救うというなかなか変わった設定ながら,ストーリーが強力に牽引してくれる。


ヘレンと恋人のツーショット。彼は妻帯者だが、たまにこうして夕食に立ち寄る。彼の妻は一切料理をしないのだそう。
■2003/01/30 (木) ヘレンとのディナー会話大いに盛りあがる
 こんなにあれこれ毎日書いてもまだまだすべては書ききれない。

初めのころは、パソコンのマウスを握りながらランチをほおばる時はいろんな人が使っているのだからと、手の使い方にずいぶん気を使ったものだ。
だからヘレンがランチにリンゴなんか入れてくれた時はあとまで食べるのをためらった。でも慣れというのは怖いもので、今はかまわずマウス持った手でリンゴつかんで食べている。そのうちなんかに感染しなければいいけど。こんな事まで書き出したら切りなくネタはある。

もっと大事なのがヘレンとの最近の夕食会話が大変盛り上がること。
日曜のチャールズ(娘の亭主)一家を招いてのディナーがとても楽しかったので、ちょっと感謝の気持ちを込めて学校帰りマーケットで小さなバラの花束を買った。とても感謝してくれた。昨夜はワインを買って帰った。
会話がますます盛りあがった事はいうまでもない。日ごとに中身が深まってくる。

ヘレンはいつぞや夕食に加わった紳士と昨日、港のレストランでゆっくりとランチをしたのだそう。ヘレンのところに食事に寄ったり誘い出したりするからには当然何かの事情で独身なのだろうと思って触れずにいたが、「彼は結婚しているのよ」とヘレンに似つかわしくなくしみじみと言う。「彼の結婚生活はハッピーではないので時々そうして会いに来るが、世間は当然うさん臭そうに見る。
でもしょうがない。・・・」「あなたの奥さんはこうしてあなたを独りで来させるということはきっとあなたに信用があるのね。もちろん奥さんにもね。何が起きたって不思議はないんだから。Who knows!」

最近はヘレンとの会話もスムーズさを増してきたが、エッと思う単語が通じなかったりする。
enthusiastic, stressful, hectic,などの単語はヘレンの辞書にはないようだ。それでもこっちへ来て学校へ通ってみて、私の一番の英会話教師はヘレンだと思うようになった。

今は毎日夕食時のみ1時間余りの会話だが、この会話量が学校での会話量を上回る。学校では自分が話す時間は実に限られている。それでも今は生徒が少ない季節だから最盛期ならもっと少ないことになる。

学校には4週分10万円くらい払った。ヘレンに払ったのは4週と4日分で800ドル、6万円強だ。ヘレンさまさまである。


Helen's B&B ヘレンの自慢の家。以前とは別の角度の写真。
■2003/01/30 (木) ジェフのクラスに復帰してまた地獄を見る
 学校での初日の1時間目がジェフのクラスで、地獄を見たと以前書いた。翌週は別のクラスに変えてもらったのだが、今度はあまりに初歩で面白くなく、「少々慣れたからもういいかもしれない」と今週からまたジェフのクラスを希望してみた。

私の判断はまったく誤っていた。相変わらずジェフの言っていることは極めてわかりづらく、聞き取り教材もあまりに不親切で2日間は地獄だった。最高レベルのクラスはこうだし、一段下がると面白くない・・・私がワガママなばかりではないと思う。少々気分が滅入ってきたので思いきった打開策を案じた。

当初は4週間の学校を終えたらサンフランシスコかどこかへ行ってみようか、あるいは学校を延長しようか、その時に考えようと思っていたが、それを早めて行ってみようと考えたのだ。こっちで手に入る新聞形式の無料の広告媒体があり、見るとディズニーランドの広告が目に入った。
本当は家族と行きたいディズニーランドだが、考えようによっては列を待つ間、いろいろな人と会話練習ができるではないか。

昨夜ヘレンにもちょっと既晴らしに旅行を考えていると話すとそれまで「せっかく勉強しに来たんだから留学生たるもの学校をサボるなんてとんでもない」といっていた彼女が「それも良いね。」と賛成してくれた。

札幌英会話協会の仲間にA君という若者がおり、彼は街で外国人と見ると誰彼なく声を掛けてはコーヒー1杯(2杯かも?)で長々話をするという。
彼のような社交性(強引さ?)を持ちあわせない私はここ都会のバンクーバーではなかなか無料の英語レッスンを声掛けするということは困難だ。
地上の楽園ディズニーランドでなら人々はお互いに声を掛けられることを望むに違いない。私の希望は確信へと変わっていくのである。

今朝は、今や天敵のごとく苦手なジェフのクラスをサボって一目散に旅行社へと歩を進めた。親切なベテラン日本女性、荒川女史が目の前でてきぱきと電話で旅行卸会社と交渉を進める。素人はとてもああは行かない。無理をせずモチはモチ屋に頼んでよかったと思った。
結局1週間後に4泊5日で出かけることに決めた。さてそれまでの間なんとかA君のような真似をしてみようかな。


1月はオフシーズンなので、入場は無料だったが、夏はきれいだろう。日本庭園の美は欧米でも一目置かれている。
先日テレビでもやっていた。

■2003/01/31 (金) 今日は大学見物に行った
 今日は8ドルの一日交通パスを買ってブリティッシュコロンビア大学(UBC)へ出かけた。「UBCには一度行ってみるように」と札幌英会話協会の仲間Hさんからメールを貰ったこともあって以前から気になっていた。
考えてみるとこれまでは家と学校の往復に終始していてほとんど観光らしきものをしていなかったではないか。

昨日も今日も雨。道理で山の上は雪でスキーファンは大喜びだそうだ。
それというのも、今年のバンクーバーは異常な温かさで、近郊の ウィスラーその他のスキー場は大変な思いをしていたからだ。このところは雨が多い。
来てしばらくは晴れか曇りだったのに、平年並みに戻ってきているようだ。こんなことならもっと前にいろいろ観光するんだった。

今日はあらゆる人に道を尋ねた。もう道を訊くベテランだ。バスは街をどんどん離れて緑の中を行くと急にキャンパスが広がる。広大な敷地に各学部の建物やカフェテリア、体育館、学生センター、ありとあらゆる施設がゆったりと間隔をとって配置する。バスを降りた。向こうに案内地図があった。見ると目的の人類学博物館はでていたが、現在位置の表示がない。これでは何のための地図か。
通りかかった知的そうな女性に、「自分はどこにいるのか」と聞いた。
彼女もあまり詳しくなさそうなのだが、一生懸命考えて答えてくれる。
「この道を行けば博物館の方向だ。でもちょうどそこの建物に案内所があるからそこで地図をもらってはどうか」とありがたいお答え。
その案内所で訊くと地図に蛍光ペンで記して教えてくれた。ノープロブレム。

人類学博物館はカナダ随一という立派なつくりである。日本の昔の品々も多数展示されている。時はもう昼。端っこのあまり人の来ない広い展示スペースでこっそり、ヘレンのランチをいただいた。インカの展示と民族音楽を聞きながらのランチはなかなかだった。

偶然にもニトベ メモリアル ガーデンという文字が目に飛び込み、行ってみると新渡戸先生を記念した立派な日本庭園であった。新渡戸が誰か、どれだけの人が知っているのだろうか。

ヘレンの待つ時間が迫ったのでこれにて終了。

実は、語学学校はすでにやめた。なまじ真面目な中年おやじは気楽な生き方が苦手だ。でも学校さぼったり、やめちゃったりするとこんなにすっきりするものか。世にはぐれる若者の気持がわかる気がしてきた。苦痛な学校にいつまでもしばられる必要は特にこのおじさんの場合全然ない。すべて自分の好きで来ていることなんだから。さりながら、その後味の悪さはどうしても残る。やはりおじさんか。

52歳になって初めて気付いた自分の能力や適性がある。私の場合、同時に複数のことができないのだ。以前からうすうす気付いてはいたが、今回それがはっきり露呈した。ジェフ(例の最悪の)のクラスで、次々とプリントが渡される、彼の不明瞭かつ機関銃のような喋りはとまらない、目は資料の説明を読まなくてはならず、かつ彼の指示も聞かなくてはならない。落ち着く暇もなくテープ聴取が始まったり、実技が始まったりする。混乱から立ち直る暇がないのだ。

思い返せば子供の頃からのろまな性質で母親を心配させたものだ。成長後それほどぼろを出さずに済んでいたが、こういう限界状況に置かれると久しぶりにその事を思い知らされた。これはたぶん右脳と左脳をつなぐ脳梁という神経組織が細いに違いない。いつかテレビで見た。

他のクラスはそれほどひどくはないのだが、いかんせん会話らしい時間が少ない。
文法事項はほぼ勉強した事ばかりだ。街へ出たほうがためになると判断し、学校のスタッフにも電話で伝えた。

1週間強を残しての自主退学であった。今後自分がひと様に英語の楽しさを教えるわけだから、つくずく教えることは難しいと感じた。

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