| 第5回 10年やっても話せないわけ 中年からの英語の学び方 北方ジャーナル連載中 | |||||||||||||||||||||||||||
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これは北方ジャーナルに連載中の記事を、 北方ジャーナル様のご厚意でHPに掲載させていただきました。 2006年6月号掲載分 北方ジャーナルでは縦書きの文章を、HP用に横書きにした関係で、 数字などは算用数字に書き換えています。 |
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第5回 10年やっても話せないわけ みらい英語教室代表 須釜 高雄
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| 「中学・高校・大学と10年も英語をやって、あいさつひとつ満足にできないのは日本の英語教育が間違っているからだ」という通説は、結果が明白なだけになかなか説得力があります。 極めつけは「文法なんか教えるのが間違っている」となります。でも、はたしてそうでしょうか。 あるとき女性から電話がありました。「スノーボードで欧米を転戦する息子が英語で困っているが、『文法ではなく会話を』教えてもらえるか?」という内容です。彼女の頭には、テレビで人気だった「香取慎吾のベラベラ英語」があったのかもしれません。「勘弁してくれよ=Give me a break!」のような本場の言い回しを片っ端から暗記してしまう方法です。 暗記がカギだという考えは一部賛成ですが、文法を憶えずにこれだけで会話しようとしたら、あらゆる場面用に何千もの言い回しを暗記しなくてはなりません。商売熱心?な私は、よせばいいのについ自説を展開してしまうものだから、二度とその後連絡はありません。 学校の英語教育が完全でないことは確かですが、だからといって「文法教育が良くない」と断じるのはいささか的外れです。10年やっても会話ができない一番の原因は、聴く練習と話す練習に重きを置かないからであって、文法のせいではありません。 英語と日本語では音の数が違いますから、日本人は英語を聞いても「音を認識すること」すらできません。私たちには同じ「ア」と聞こえても、appleのアとartのア、girlの中にあるア、upのアはみな違います。これらの音が聴き取れず発音もできないままでいると、英語学習はいつまでも自信が持てない、気の重いものになります。 うちの教室の生徒さんは平均年齢五十歳余りですが、六十代半ばの人でもみな第一歩はここから始めます。初日はテキストを見ないで、CDの音に耳を凝らして今まで聴いたことのない音を必死に捕らえようとし、口で真似ようと悪戦苦闘します。 「見栄を捨てて二歳児のように」などとアドバイスを受けて不安いっぱいの顔でCDを持って帰りますが、一週間後、自宅での素晴らしい練習成果を見せてくれます。 この四月にも大勢の50代・60代の新一年生が入りましたが、女性も男性もみな3週間もすればRもLもThも立派に身に付けます。同じ春中学校へ入学した一年生に見せてあげたいほどです。 さて、文法の話を蒸し返しますが、中学校で扱う(ことになっている)範囲は実に豊富です。前号で書いたように中学校の英語をマスターしたら、英会話に必要な文法の8割は間に合います。逆に言えば、それほど広範囲かつ深い内容を完全に習得するには現在の教科書は簡単過ぎ、授業時間数は少な過ぎます。 広い履修範囲を定める一方でこれほど簡素な教科書しか認めない文部科学省はいったい何を考えているのかと思います。 英語で会話ができるためには、聴く訓練、発音の訓練、文法の理解のうえに、反射的に運用できるまでたっぷりの会話練習が必要です。実際は10年やったといっても、中身はスカスカなのです。 でもせっかく一度は苦労した中学英語、磨き直せば強い武器になります。 |
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